アリ・アスター監督の長編デビュー作品にして、ホラー映画の古典に勝るとも劣らない(と私は思っている)傑作『ヘレディタリー/継承』。

ホラー映画が大好きすぎる友人に勧められて、上映終了間際のレイトショーで鑑賞してきました。
その結果、

と久々に思える、思い出の作品になりました。
- 名作ミステリー映画にも匹敵する伏線の数々と、ほぼすべての見事な回収
- 複数回見るとさらに面白くなる、ある意味で爽快なストーリー
- 目や耳じゃなく、雰囲気で怖がらせる上質な演出
- アリ・アスター監督の重すぎる過去のトラウマと、それに対する共感
- そのトラウマをホラー映画に仕上げてしまう、アスター監督の才能
『ヘレディタリー』の好きなところは、本当にたくさん。
個人的にですが、正統派のホラー映画としてA級・S級の完成度でした。
この記事では、
- 序盤から張られていた16個の伏線
- それら伏線の解説・考察
- アリ・アスター監督の手腕とトラウマ
以上の3つを中心に『ヘレディタリー/継承』を徹底解説していきます!
まだ鑑賞していない方は、まずは本編をじっくりとご堪能ください。
目次
- 1 考察1|悪魔「ペイモン」は実在する。
- 2 考察2|悪魔・ペイモンはどのタイミングで召喚された?
- 3 考察3|復活前のペイモンはどこにいた?
- 4 考察4|実在する?降霊術「チャーリーゲーム」
- 5 考察5|チャーリーが「生まれた時でさえ泣かなかった」理由
- 6 考察6|チャーリーが鳴らす”コッ”という音の秘密
- 7 考察7|生後すぐにピーターが狙われなかった理由
- 8 考察8|「男の子になってほしい」
- 9 考察9|首吊り自殺をした「兄」もヒントだった
- 10 考察10|直系でない父・スティーブの存在
- 11 考察11|女性の頭を捧げること=ペイモンの召喚条件?
- 12 考察12|チャーリーの自動車事故の真相
- 13 考察13|アニーが作るミニチュアは「理不尽さ」の象徴
- 14 考察14|壁に書かれた文字の謎
- 15 考察15|ペイモンの勝ち誇った笑み
- 16 考察16|ピーターに被された「王冠」
- 17 まとめ
考察1|悪魔「ペイモン」は実在する。
《ヘレディタリー》に登場する、悪魔「ペイモン」。
実はペイモン、ヘレディタリーのために作られた架空の存在ではなく、実在(?)するノンフィクションの悪魔なのです。

まずは《ヘレディタリー》の、ペイモンの印をご覧ください。

そして以下が、魔術書「グリモワール」に記載されている、ペイモンの印。


グリモワールとは、悪魔や天使を呼び出したり、魔術や呪術について書かれている書物のこと。
- 魔術書「ソロモンの鍵」
- 召喚呪文「エロイムエッサイム(我は求め訴えたり)」
などなど、どこかで聞いたことがある言葉の元ネタである、有名な魔術書です。
ペイモンが実在するかどうかはさて置き、こうした背景をしっかり調べた《ヘレディタリー》だからこそ、リアリティがあって怖かったですね。

ちなみに、ペイモンの見た目は「女性の顔をした男性の姿で、王冠を被っている」とされています。
- 女性の顔
- 中身は男性
- 王冠を被っている
と、いえば………、

まさに、結末のこの姿!
アスター監督が悪趣味だからじゃなくて、この姿にもちゃんとした理由があるんです。
果たして、召喚は成功したのでしょうか…?
考察2|悪魔・ペイモンはどのタイミングで召喚された?
ペイモンが召喚(完全に解放)されたタイミングは、アニーが自宅で降霊術を行ったとき。

- この直後から、超常現象が一気に加速していく
- ペイモン信者のジョーンが、アニーに儀式を行うよう仕向けた
というところが、降霊術の完了=ペイモン完全解放の根拠です。
序盤から、いや、なんなら物語の始まり以前から、実はペイモンはず~っと外に出ようとしていたのです。


人間不信まっしぐら。
考察3|復活前のペイモンはどこにいた?
降霊術によって復活するまでのペイモンは、実はチャーリーの体内に囚われていました。

後で詳しく解説しますが、
- アニーの「生まれた時でさえ泣かなかった。」という発言
- 舌を”コッ”と鳴らす、普通ではないクセ(クリッカー音)
- チャーリーの死後に見える、彼女の幻影・幻聴
これら超常現象や伏線の多くがチャーリーに関係しているのは、「彼女とペイモンにつながりがある=実は体内にいた」ことを暗示していたのです。
考察4|実在する?降霊術「チャーリーゲーム」

チャーリーという名前は、メキシコ発祥の降霊術「チャーリーゲーム」に由来しています。
- チャーリーゲームに必要な準備を済ませる
- 参加者全員で「Charile, Charile, Are You here?」と唱える
- 準備した物が独りでに動いたら、召喚成功
ゲームを終える時に「Charlie, Charlie, Can we stop?」と唱えて、霊が消えたことを確認しないと、降臨した霊に乗り移られると言われています…。
《ヘレディタリー》における降霊術は、このチャーリーゲームがモチーフとなっています。
考察5|チャーリーが「生まれた時でさえ泣かなかった」理由
母・アニーの、
「あなた(チャーリー)は生まれた時でさえ泣かなかった」
というセリフ。
実はこれも、ペイモンが体内に宿っていることの伏線でした。

生まれた瞬間からこれまで、ず~~っと泣いたことがないというのは、明らかに不自然ですよね。
このセリフはチャーリーの異常性を示しており、生まれた時からペイモンが宿っていたことを暗示しているのです。

初鑑賞中は、頭フル回転です(笑)。
考察6|チャーリーが鳴らす”コッ”という音の秘密
チャーリーが舌を使って”コッ”と鳴らす音は、「クリッカー音」と呼ばれています。
このクセ、両親がどれだけやめさせようとしても直りませんでしたね。

それもそのはず、このクリッカー音もペイモンが宿っていることを暗示しているからです。
その根拠は、ペイモンが召喚された後、窓から飛び降りたピーターの体内に、光がス~ッと入り込んだシーン。
そこでピーターは、チャーリーと同じように”コッ”とクリッカー音を鳴らしています。

この演出によって、クリッカー音はただのクセではなく、ペイモンが宿っていることを示すものだったことが分かります。
考察7|生後すぐにピーターが狙われなかった理由
映画を見ると分かりますが、ペイモンは、直系の男性に乗り移る悪魔です。
はて、映画を見終わった後、

と、私は最初疑問でした。
映画の中で、乗り移れない理由を言っていたのにも関わらず…。

生後すぐにピーターに乗り移れなかった理由は、祖母・エレンに「不干渉ルール」が設けられていたため。
このルールによって、エレンはピーターに近づくことができず、さらには儀式の前に亡くなってしまったため、エレンは自らペイモンを宿すことができなかったのです。
だからエレンは、チャーリーに対してず~~っと、
「男の子になってほしい」「男の子になってほしい」「男の子になってほしい」「男の子になってほしい」「男の子になってほしい」「男の子になってほしい」
と言い続けていたのです…。
考察8|「男の子になってほしい」
祖母・エレンが、チャーリーに何度も「男の子になってほしい」と言っていた理由。
これは、チャーリーが男になればペイモンの召喚条件(=直系の男性に宿ること)を満たせるから。

- 性転換すれば降霊できるのか?
- 本人が「自分は男だ」と認識すればいいのか?
この辺りは定かではありませんが、
- 家族が不干渉ルールを設けた理由
- エレンの本気度
- エレンの異常性
などは、この背景から察することができますね…。
考察9|首吊り自殺をした「兄」もヒントだった
序盤にサラッとしか語られない、兄・チャールズの存在も、実は重要な伏線だったのです。

チャールズは、
「母さん(エレン)は自分の中に”何か”を招き入れようとした」
という遺書を残して、首吊り自殺をしています。
この”何か”とは、もちろんペイモンのこと。
直系の男性であるチャールズに乗り移らせようとしたが、自殺したことで失敗します。
そして、その矛先が孫のピーターに向かった、というわけですね…。
考察10|直系でない父・スティーブの存在

ペイモンの宿主は、
- 男性である
- 召喚者の直系の家族である
上記の2つの条件を満たす必要があります。
この一家でいうと、
- チャールズ
- ピーター
この2人ですね。
![]()
King Paimon is a male, thus covetous of a male human body.
(ペイモンは男性である、したがって人間の男性の体が必要である。)
父・スティーブは、男性ではありますが、直系の子孫ではないため、降霊の条件を満たしていません。

という疑問に対する答えは、スティーブが最後まで理性的だったからです。
ペイモンとしては「スティーブを生かしておいたら降霊術が行われない」と判断したのでしょう。

考察11|女性の頭を捧げること=ペイモンの召喚条件?

- 祖母・エレン
- 母・アニー
- 孫娘・チャーリー
この3人とも、ペイモンの降霊時「頭が無くなる」という共通点がありました。
直系の女性の頭を捧げることも、ペイモンの召喚条件だった可能性が考えられます。

だからこそ、ペイモンの信者たちから讃えられていたのでしょうね。

考察12|チャーリーの自動車事故の真相

チャーリーの自動車事故は、ペイモンの信者による呪いでした。
事故のシーンでど真ん中に映る電柱を、よ~~く見てみましょう。

はい、ペイモンの紋章が描かれていますね。
また、この事故の前にピーターとチャーリーが参加したホームパーティは、「実はペイモン信者が仕組んだもの」とも考察できます。
あらかじめ木柱に紋章を描いておき、アニーとピーターをうまく誘い出し、生贄のための首をいただく…。
パーティにはそんな目的があったのかもしれません。
考察13|アニーが作るミニチュアは「理不尽さ」の象徴
アニーが熱心に作り続けている、精巧なミニチュア。

このミニチュアは「理不尽さ」の象徴として描かれています。
そのメッセージは、主に以下の3つ。
- アニーたちは、外界(悪魔や超常現象)の支配を受ける運命にある
- 外界からは、ミニチュア(アニーたちの世界)を思うままに操ったり壊したりできる
- こちらの世界から外界には、一切の手出しできない
この超次元的な支配をミニチュアで表現することで、《ヘレディタリー》のテーマである「理不尽さ」が強調されています。
アニーたちが助かる唯一の方法は、ペイモンを降霊しない(=外界と接触しない)ことだけだったのです…。

考察14|壁に書かれた文字の謎

物語の中盤に映る、壁に書かれた、
- Satony
- Zasas
という2つの文字。
それぞれ、
- Satony(サトニー)…死者と交信するための言葉
- Zasas(ザザス)…悪魔「コロンゾン」を呼び出す時の言葉
このような意味がありますが、ペイモン召喚になぜコロンゾンが出てくるかは、謎…。
考察15|ペイモンの勝ち誇った笑み
ピーター本人の表情とは異なる、ガラスに映る彼の、不敵な笑み。

この教室で起こる一連のシーンにて、ペイモンはついに、ピーターを操るほどの力を発揮します。
するとこの笑顔は、解放寸前であることを見せつける勝利の笑みにも見えますね…。
考察16|ピーターに被された「王冠」

この世に降臨したペイモンは、王冠を被った姿で現れるとされています。
映画の結末は、信者がペイモンを讃え、まるで降臨を象徴するかのように、ピーターに王冠を被せて終わります。
ペイモンはついに、この世に降臨してしまったのでしょうか。
理不尽がテーマの《ヘレディタリー》らしく、バッドエンドのニオイがプンプンします……。
まとめ
伏線と疑問 | 答えと解説 |
ペイモンは実在する | ![]() |
ペイモン解放のタイミングは? | 降霊術直後 |
チャーリーゲームとは? | メキシコ発祥の降霊術。 |
「生まれた時でさえ泣かなかった」理由 | 生まれた時からペイモンが宿っていたから。 |
チャーリーが鳴らす”コッ”の秘密 | ペイモンが宿っていることの暗示。 |
生後すぐにピーターが狙われなかった理由 | 不干渉ルールがあったため。 |
「男の子になってほしい」 |
|
首吊り自殺をした「兄」の存在 | 「母さんは、自分の中に何かを招き入れようとした。」 |
直系でない父・スティーブ | 降霊の妨げになるため、焼殺。 |
女性の頭を捧げる=ペイモンの召喚条件? | 直系の女性全員の頭が無くなり、儀式にて捧げられていたため。 |
チャーリーの自動車事故の真相 | ![]() |
アニーのミニチュアは「理不尽さ」の象徴 |
|
壁に書かれた文字の謎 |
|
ペイモンの勝ち誇った笑み | 力を取り戻しつつあるペイモンの、勝利の笑み。 |
ピーターに被された王冠 | 降臨したペイモンは、王冠を被った姿で現れる。 |
冒頭でも語った通り、自分が思う《ヘレディタリー》の魅力は、
- 悪魔召喚にも、フィクション作品なりの理由や根拠がある
- 上映開始直後から結末まで、伏線という伏線のオンパレード
- 張りまくった伏線を、ほぼすべて回収する見事な作り
という映画の作り込みはもちろん、アリ・アスター監督の痛切な思いを感じられたからです。
《ヘレディタリー》を製作したきっかけについて、アスター監督はこう語っています。
不幸によって家族の絆が強まるという映画が大半を占めており、それも嘘ではないと思いますが、不幸が起こりそこから立ち直れない人たちがいるのも真実です。私は後者についての映画を作りたいと思いました。
《ヘレディタリー 継承》パンフレットより
この、ひねくれた視点というか、不幸な人の立場から見た「家族」の描き方が、自分は本当に大好き。
ストーリー的には、完全にバッドエンド。
しかし、家族という抗えないつながりが、超常的な力によって一瞬にして消し去られる今作は、見る人によってはハッピーエンドです。
「家族だから助け合わなきゃ」
という無条件に与えられたつながりに苦しんでいる人には、《ヘレディタリー》は癒しになったんじゃないでしょうか。
笑みを浮かべるシーンではまだペイモンは乗り移っていないはずです。
クリッカー音と矛盾してますよね。
あのシーンはピーターが精神障害を発症したことを暗示するシーンだと思います。
あさん
コメントありがとうございます。
これは完全に記載ミスですね…。
それ以前に乗り移ったタイミングを書いておきながら、それと異なる記載をしていました。
現在、こちらは修正済みです。
ご指摘いただきありがとうございます。
大変楽しく読ませて戴きました
本日鑑賞をしたのですがひょっとしてピーターが誘われたパーティのメンバーはペイモンの信者だったのではと記憶を手繰っています
でもって気がついたのですが最後にピーターを跪拝している男性は葬儀のときにいましたよね?
ュキだんさん
コメントと、記事を楽しくお読みくださりありがとうございます!
「パーティのメンバーはペイモン信者説」は面白いですね!
このシーンはチャーリーがアレルギーを起こすきっかけで、それ以上の意味はないと思っていましたが、その帰りにチャーリーが生贄にされることを考えると、
①ペイモン信者がチャーリーとピーターをパーティに誘った
②その道中の電柱に生贄のためペイモンの紋章を記した
③チャーリーが死に、ペイモン信者の目的達成
という流れは筋が通りますね。
「実はすべてが仕組まれていた」というのはアリ・アスター監督ならやりそうです…。
深い意味は無くとも、こう考察させることもアスター監督の手のひらの上なのかもしれません。
パーティはペイモン信者が仕組んだものという可能性はありますね!
エレン(祖母)はペイモン信者の中でも特に格が高かったようですので、葬儀にはペイモン信者が来ています。
私も男性1人が葬儀にいたことは記憶しているのですが、葬儀や他のシーンにももしかしたらペイモン信者が何気なく映っていて、最後のペイモン降臨のあの場所にいたかもしれませんね。
イースターエッグ的な楽しみ方ができそうです。
今後はこのことにも注目しながら、また観てみたいです!